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犬の性腺腫瘍と高カルシウム血症:知っておくべきこと

Posted on 2026年4月21日

性腺腫瘍関連高カルシウム血症(HHM)のメカニズム

性腺腫瘍によって引き起こされる高カルシウム血症は、主に「悪性腫瘍関連高カルシウム血症(Humoral Hypercalcemia of Malignancy: HHM)」という病態に分類されます。これは、腫瘍自体が遠隔の臓器に影響を与える液性因子を分泌することで、血中カルシウム濃度が上昇する病態を指します。性腺腫瘍では、特に精巣のセルトーリ細胞腫や卵巣の顆粒膜細胞腫がこのHHMの原因となることが知られています。

腫瘍細胞によるPTHrP産生

HHMの主なメカニズムは、腫瘍細胞が副甲状腺ホルモン関連タンパク質(Parathyroid Hormone-related Protein: PTHrP)を産生・分泌することです。PTHrPは、本来、胎児の発育、歯の発育、乳腺の発育、平滑筋の弛緩など、様々な生理機能を持つタンパク質ですが、悪性腫瘍細胞によって異常に過剰産生されることがあります。PTHrPは、分子構造の一部が副甲状腺ホルモン(PTH)に類似しており、PTHが結合する同じ受容体であるPTH/PTHrP受容体(PTH1R)に結合し、PTHと同様の生物学的効果を発揮します。

HHMを引き起こす他の主要な腫瘍としては、犬のリンパ腫、肛門嚢アポクリン腺癌、多発性骨髄腫などが挙げられますが、性腺腫瘍、特にセルトーリ細胞腫や顆粒膜細胞腫もPTHrPを産生する能力を持つことが報告されています。

PTHrPの作用機序

PTHrPがPTH1Rに結合することで、以下のような作用が引き起こされ、高カルシウム血症に至ります。

骨吸収促進

PTHrPは骨の破骨細胞を活性化し、骨からのカルシウム放出を促進します。これにより、骨が破壊され(骨吸収)、血液中に多量のカルシウムが放出されます。この作用は、PTHの骨吸収作用と非常に似ています。

腎臓でのカルシウム再吸収促進とリン排泄促進

PTHrPは腎尿細管において、カルシウムの再吸収を促進します。これにより、腎臓から尿中へ排出されるカルシウムの量が減少し、血液中のカルシウム濃度が上昇します。同時に、リンの再吸収を抑制し、尿中へのリン排泄を促進するため、HHMでは高カルシウム血症と低リン血症を呈することが特徴的です。

その他の作用

PTHrPは、消化管からのカルシウム吸収に直接的な影響を与えることは少ないとされていますが、間接的にビタミンD代謝に影響を与える可能性はあります。

PTHとの区別(PTH測定の重要性)

HHMの診断において、血中PTHrP濃度を測定することは重要ですが、それ以上に重要なのが血中PTH濃度を測定することです。HHMでは、PTHrPによる高カルシウム血症が引き起こされると、その高カルシウム血症が正常な副甲状腺に対しネガティブフィードバックをかけ、副甲状腺からのPTH分泌を抑制します。したがって、HHMの犬では、高カルシウム血症にもかかわらず、血中PTH濃度は低値または正常範囲内を示すことが一般的です。

これに対し、原発性副甲状腺機能亢進症の場合には、副甲状腺自体に異常がありPTHが過剰に分泌されるため、高カルシウム血症と同時にPTHも高値を示します。このように、血中PTHとPTHrPの測定結果を総合的に評価することで、高カルシウム血症の原因が悪性腫瘍によるものか、それとも副甲状腺の異常によるものかを鑑別することが可能になります。

その他のメカニズム

HHM以外にも、腫瘍が原因で高カルシウム血症が引き起こされるメカニズムがいくつか存在します。

骨転移

腫瘍が骨に転移し、直接的に骨を破壊することで、骨からカルシウムが放出され高カルシウム血症を誘発することがあります。このメカニズムは、多発性骨髄腫などの骨に直接浸潤する腫瘍や、乳腺腫瘍、肺腺癌など骨転移を起こしやすい腫瘍で多く見られます。性腺腫瘍も悪性の場合、骨に転移することが稀にあります。

活性型ビタミンD産生

ごく一部のリンパ腫や肉芽腫性疾患では、腫瘍細胞が1α-水酸化酵素を産生し、不活性型ビタミンDを活性型ビタミンD(1,25(OH)2D)に変換することがあります。活性型ビタミンDは消化管からのカルシウム吸収を強力に促進するため、高カルシウム血症を引き起こします。性腺腫瘍でこのメカニズムが報告されることは極めて稀です。

その他のサイトカイン産生

腫瘍細胞が、インターロイキン-1(IL-1)、腫瘍壊死因子(TNF)、トランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)などのサイトカインを産生し、これらが間接的に骨吸収を促進することで高カルシウム血症を引き起こす可能性も指摘されています。しかし、PTHrPが主要なメカデズムであることがほとんどです。

これらのメカニズムの理解は、高カルシウム血症の原因を正確に特定し、適切な治療計画を立てる上で非常に重要です。

犬の高カルシウム血症の臨床症状と診断

高カルシウム血症は、軽度なものから生命を脅かす重度のものまで、その重症度と持続期間によって様々な臨床症状を引き起こします。症状は非特異的であることが多いため、診断には注意深い観察と詳細な検査が必要です。

臨床症状

高カルシウム血症の最も一般的な臨床症状は、多飲多尿(PU/PD)です。これは、高カルシウム血症が腎臓の尿濃縮能を障害することによって引き起こされます。具体的には、PTHrPなどの高カルシウム血症を誘発する因子が腎臓の集合管における抗利尿ホルモン(ADH)に対する感受性を低下させたり、腎髄質の高浸透圧状態を妨げたりすることで、尿量を増加させ、代償的に飲水量が増加します。
その他の主要な臨床症状は以下の通りです。

  • 消化器症状: 食欲不振、元気消失、嘔吐、便秘。これらは高カルシウムが消化管の運動を抑制するため、または全身性の不快感によるものです。
  • 神経筋症状: 筋力低下、嗜眠、抑うつ、震え。重度の場合には、錯乱、痙攣、昏睡といった重篤な神経症状を引き起こすことがあります。カルシウムは神経伝達物質の放出に関与するため、その濃度異常は神経機能に直接影響を与えます。
  • 腎臓への影響: 長期にわたる高カルシウム血症は、腎臓のカルシウム沈着(腎石灰化)を促進し、不可逆的な腎機能障害(急性腎不全や慢性腎不全の悪化)を引き起こす可能性があります。多飲多尿は脱水を悪化させ、腎臓への負担をさらに増加させます。
  • 心血管系症状: 徐脈、不整脈。高カルシウムは心臓の電気的活動に影響を与えることがあります。
  • その他: 脱水、体重減少。

性腺腫瘍が原因の場合、特にセルトーリ細胞腫では、高カルシウム血症の症状に加えて、女性化症候群(脱毛、色素沈着、乳腺腫大など)や骨髄抑制による貧血、出血傾向、易感染性などの症状が併発することもあります。

診断

高カルシウム血症の診断は、血中カルシウム濃度の測定から始まります。

血液検査

  • 総カルシウム濃度: まずは総カルシウム濃度を測定します。基準値を超えている場合に高カルシウム血症と診断されます。
  • イオン化カルシウム濃度: イオン化カルシウムは生理学的に活性な形態であり、高カルシウム血症の診断において最も信頼性の高い指標です。アルブミン濃度に左右されないため、低アルブミン血症や高アルブミン血症がある場合でも正確な評価が可能です。
  • 補正カルシウム濃度: 総カルシウム濃度とアルブミン濃度から計算される補正カルシウム濃度も参考にされますが、イオン化カルシウム測定が可能な場合はそちらを優先します。
  • リン濃度: HHMでは、PTHrPの作用により腎臓からのリン排泄が促進されるため、低リン血症を伴うことが一般的です。原発性副甲状腺機能亢進症でも低リン血症が見られますが、腎不全による高カルシウム血症では高リン血症を呈することが多く、鑑別診断に役立ちます。
  • 腎機能指標: BUN(血中尿素窒素)やCre(クレアチニン)の上昇は、高カルシウム血症による腎障害を示唆します。
  • 電解質: ナトリウム、カリウム、クロールなどの電解質異常も評価します。

尿検査

多飲多尿を伴うことが多いため、尿比重の低下が見られます。尿中のカルシウム排泄も評価の対象となります。

PTH、PTHrP、活性型ビタミンDの測定

高カルシウム血症の原因を特定するために最も重要な検査です。

  • PTH(副甲状腺ホルモン): 副甲状腺機能亢進症の診断に必須です。HHMでは、PTH分泌が抑制されるため低値または正常範囲内を示します。
  • PTHrP(副甲状腺ホルモン関連タンパク質): HHMの主要な原因であるため、高値を示す場合にHHMが強く疑われます。
  • 活性型ビタミンD(1,25(OH)2D): ビタミンD中毒や一部の腫瘍による活性型ビタミンD産生の診断に有用です。

これらのホルモンの測定結果を総合的に評価することで、高カルシウム血症の病態を明確にすることができます。

画像診断

原発腫瘍の探索、転移の評価、腎臓の石灰化の確認のために行われます。

  • 超音波検査: 精巣、卵巣、リンパ節、腹腔内臓器(腎臓、肝臓、脾臓など)の腫瘤性病変の探索。腎臓の石灰化評価。
  • X線検査: 胸部X線で肺転移の有無、骨X線で骨溶解病変や骨転移の評価。腹部X線で腹腔内腫瘤の確認。
  • CT/MRI: より詳細な腫瘍の局在、浸潤、転移の評価に有用です。

鑑別診断

高カルシウム血症の原因は多岐にわたるため、上記の検査結果を総合的に判断し、慎重な鑑別診断が必要です。

  • 悪性腫瘍: リンパ腫(最も多い)、肛門嚢アポクリン腺癌、多発性骨髄腫、肺腺癌、そして本記事のテーマであるセルトーリ細胞腫や顆粒膜細胞腫などがHHMの原因となります。
  • 原発性副甲状腺機能亢進症: 副甲状腺の腺腫や癌によりPTHが過剰に分泌されます。
  • 急性腎不全/慢性腎不全(末期): 腎不全の末期には、リンの排泄障害や活性型ビタミンD産生低下に伴いPTHが高値となり、稀に高カルシウム血症を呈することがあります。
  • 副腎皮質機能低下症(アジソン病): 原因不明の高カルシウム血症が見られることがあります。
  • ビタミンD中毒: 殺鼠剤の摂取、サプリメントの過剰摂取など。
  • 肉芽腫性疾患: 稀に、炎症細胞が1α-水酸化酵素を産生し活性型ビタミンDを増加させることがあります。
  • 薬剤性: サイアザイド系利尿剤など。
  • 成長期の子犬: 生理的に軽度な高カルシウム血症を示すことがあります。

これらの鑑別診断リストに基づき、適切な検査を選択し、診断を進めていくことが重要です。

性腺腫瘍の診断とステージング

犬の性腺腫瘍が疑われる場合、詳細な身体検査、画像診断、そして細胞学的・組織学的検査によって診断を確定し、その後の治療計画のためにステージングを行います。特に、高カルシウム血症を合併している場合は、その原因である性腺腫瘍の特定が急務となります。

精巣腫瘍の診断

精巣腫瘍の診断は比較的容易な場合が多いですが、高カルシウム血症の原因として特定するためには、その種類と悪性度を評価することが重要です。

触診

最も基本的な検査であり、陰嚢内の精巣のサイズ、硬度、形状、対称性を評価します。腫瘍が存在する場合、精巣の腫大や硬結、不整な形状が触知されることが多いです。特に、停留精巣の有無は重要な情報であり、腹腔内や鼠径部に精巣が触知できないか、または異常な硬結がないかを確認します。セルトーリ細胞腫では著しい精巣の腫大がしばしば見られます。

超音波検査

精巣の内部構造を詳細に評価できます。腫瘍の存在、大きさ、境界、実質のエコー輝度変化(均一性、不均一性)、嚢胞形成などを確認します。停留精巣の場合には、腹腔内や鼠径部の精巣の位置を特定し、その内部構造を評価する上で不可欠です。また、精巣周囲のリンパ節の腫大の有無も確認します。

細胞診/生検

確定診断には、腫瘍細胞の採取と病理組織学的検査が不可欠です。

  • 針吸引生検(FNA): 超音波ガイド下で腫瘍から細胞を採取し、細胞診を行います。ただし、精巣腫瘍の種類によっては診断が困難な場合や、腫瘍の異質性により診断を誤る可能性もあります。
  • 外科的生検: 診断的去勢手術によって精巣を摘出し、組織病理学的検査に提出することが、最も確実な診断方法です。摘出された腫瘍組織の形態学的特徴から、セルトーリ細胞腫、ライディッヒ細胞腫、セミノーマなどを鑑別し、悪性度や浸潤の有無を評価します。

血液検査

セルトーリ細胞腫では、エストロゲン産生により骨髄抑制(貧血、血小板減少、白血球減少)が見られることがあります。また、女性化症候群の症状と併せて、エストロゲン値の測定が診断の一助となることもあります。高カルシウム血症が確認されている場合は、PTHとPTHrPの測定が必須です。

卵巣腫瘍の診断

卵巣腫瘍は、腹腔内に位置するため、精巣腫瘍に比べて診断が難しい場合があります。

腹部触診

大型の卵巣腫瘍では、腹腔内に腫瘤が触知されることがあります。しかし、小さかったり、深い位置にあったりすると触知は困難です。

画像診断

  • 超音波検査: 卵巣の腫大や腫瘤性病変の有無を確認します。腫瘤の性状(嚢胞性、充実性、混合性)、大きさ、境界、内部のエコーパターンを評価します。子宮の状態(子宮蓄膿症の併発など)、腹水の有無、腹腔内リンパ節の評価も重要です。
  • X線検査: 腹腔内腫瘤の存在を確認できますが、軟部組織の腫瘤であるため、詳細な情報は得られにくいです。胸部X線は肺転移の有無を確認するために行います。
  • CT/MRI: 腫瘍の正確な局在、周囲組織への浸潤の程度、リンパ節転移、遠隔転移の有無をより詳細に評価するために非常に有用です。特に手術計画を立てる上で重要な情報を提供します。

細胞診/生検

腹水が貯留している場合には、腹水細胞診で腫瘍細胞の有無を確認します。確定診断には外科的生検、すなわち卵巣子宮摘出術を行い、摘出された卵巣組織を病理組織学的検査に提出することが必要です。これにより、顆粒膜細胞腫、腺癌などの種類を特定し、悪性度や転移の有無を評価します。

血液検査

顆粒膜細胞腫では、エストロゲンやプロゲステロンなどのホルモン産生により、持続的な発情徴候や子宮蓄膿症が誘発されることがあります。高カルシウム血症が確認されている場合は、PTHとPTHrPの測定が必須です。

ステージング

腫瘍のステージングは、診断後の治療計画の立案と予後の予測に不可欠です。性腺腫瘍のステージングには、TNM分類(Tumor, Node, Metastasis)が一般的に用いられます。

  • T(Tumor): 原発腫瘍の大きさ、局所浸潤の程度。
  • N(Node): 所属リンパ節への転移の有無と程度。
  • M(Metastasis): 遠隔転移の有無。

ステージングのための検査としては、胸部X線検査(3方向)、腹部超音波検査、および必要に応じてCT/MRIが実施されます。これにより、原発腫瘍の広がりだけでなく、リンパ節や肺、肝臓などの主要臓器への転移の有無を確認します。高カルシウム血症を伴う場合は、腫瘍の悪性度が高い可能性を考慮し、特に慎重なステージングが必要です。

正確な診断とステージングにより、犬の個々の病態に合わせた最適な治療法を選択し、予後を予測することが可能になります。

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